寛容の本当の意味とは?寛容さを身に付けて日本人の心を取り戻す3つの習慣

こんにち和。

日本人は古来から寛容な民族として生活してきました。

海外から入ってくる文化を拒絶することなく大らかな心で受け入れて、それを自分たち流にアレンジすることができました。

元々日本人には寛容な性質を持ち合わせている民族です。

しかし近年ではニュースなどを見ると「自分だけが正しい、相手が間違っている」といった考え方が幅を利かせて、社会全体で寛容さが忘れ去られているように感じます。

こういった不寛容な考え方を持っていると、これからの時代ますます苦しくなっていきます。

今回は日本人が大切にしてきた「寛容」について、改めて考えてみたいと思います。

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寛容の本当の意味とは?

まず寛容の意味を辞書で調べてみますと、

寛容
心が広くて、よく人の言動を受け入れること。他の罪や欠点などをきびしく責めないこと。また、そのさま。
出典:デジタル大辞泉

とあります。

寛容とはただ単に相手の言いなりになって無条件に受け入れることではありません。

それでは単純に優しいだけの人、NOと言えない甘い人になってしまいます。

自分の意見をしっかり持ちつつそのうえで相手の話を聞く、良い意見は取り入れるが軸はブレないという態度が寛容だと言えます。

寛容な人というのは周りに流されずに自分を確立しています。

だからこそ相手を受け入れることができるのです。

寛容な民族だった日本人

日本人は元々寛容な民族でした。

地続きの大陸とは違い、島国だったため外敵からの脅威がありませんでした。

ですのでみんなで協力しあう「和の精神」が育まれました。

和の精神の根本には、相手を受け入れる「寛容」の考え方があります。

相手を否定することなく良いところは取り入れて、自分たちのやり方に合わせて新しいものを生み出すのが日本人の得意とするところです。

海外から入ってきた文化を日本風にアレンジして、日本独特の文化にまで昇華させてしまったものは本当に多いです。

政治システムから食べ物に至るまで、ありとあらゆるものを取り込んで生活に根付かせています。

これは日本人が寛容であるからこそ可能だったことです。

なぜ日本人は寛容さを失ったのか?

ここ近年のニュースを見ると、日本人は寛容な心を忘れ去ってしまっているように見受けられます。

少しでも自分の気に入らない発言や出来事があると、SNSなどで相手を非難して叩きまくっています。

毎日何かしらの炎上ニュースが取り上げられて、社会全体が寛容さを忘れて相手を許さない風潮になってしまっています。

なぜ日本はここまで不寛容な社会になってしまったのでしょう?

それは戦後、それまで大切にされてきた「和」の文化や精神を捨てさせられ、欧米の価値観を植え付けられてしまったからです。

欧米の価値観が悪いものだとは言いませんが、日本人には日本人に合った価値観があります。

それを否定して無理やり欧米の価値観に合わせたやり方を押しつけられたので、日本人の良さが失われてしまったのです。

これが現代の多くの日本人が寛容さを忘れてしまった、根本の原因なのです。

寛容さを身に付けるための3つの習慣

寛容さを身に付ける習慣1:客観的な視点で見る

寛容さを身に付けるためには、まずはものごとを客観的な視点で見るようにしましょう。

人と人が衝突することは避けられません、摩擦はあって当然なのです。

ただその衝突も、お互いが「自分こそ正しい」と思っていては、話がかみ合いません。

まずは自分の主張は置いておいて、客観的に状況を把握することが必要になります。

寛容さを身に付ける習慣2:人は価値観が違って当たり前と思う

寛容さを身に付けるには、人は価値観が違って当たり前という考え方を持つ必要があります。

人はそれぞれ生まれた場所や育った環境が違います。

同じ環境で育った兄弟ですら、価値観が違っていきます。

自分と100%同じ価値観を持つ人間などいないのです。

自分の持つ価値観は自分の中では正しいかもしれませんが、他人にも同じように正しいとは限りません。

相手の価値観を否定するのではなく、相手も正しいというように考えることが大切です。

寛容さを身に付ける習慣3:相手の事情を理解してみる

寛容さを身に付けるためには、相手の事情を考えてみるようにしましょう。

相手の問題を見つけたときに、頭ごなしに非難するのは簡単です。

でももしかしたら、何かしらの深い事情があってのことだったかもしれません。

もちろんただ単に問題を見逃すということではありません。

間違っているときは間違っていると指摘することは必要です。

しかし自分の正義を一方的に相手に押し付けるのは寛容ではありません。

まず相手の事情を理解することも、大切なことなのです。

寛容さを取り戻そう

何度も申しますが、日本人は本来寛容な民族でした。

自分とは異質なものを否定するのではなく、うまく取り込んで新しいものに昇華させることが得意でした。

これは相手を受け入れる寛容な姿勢でないとできないことです。

何か相手との摩擦が生じたときにはどちらが正しいか言い争うのではなく、相手も活かして自分も活きる道を探す。

これが日本人のあるべき姿なのです。

日本人が元々持っている「和の精神」を思い出して、寛容さを取り戻していきましょう。

寛容とは?:まとめ

THE BIBLE 〜「寛容」 編〜

  • 寛容は相手を否定せず、受け入れること
  • 元々日本人は寛容な民族だった
  • 相手と摩擦が起きたときは言い争うのではなく、相手も自分も活きる道を考えよう

今回の記事はいかがでしたでしょうか?

自分には自分の事情があるように、相手にも相手の事情があります。

お互いの主張を曲げずに言い争うだけでは、どちらかが折れるしかありません。

そんなときは勝った負けたやどちらかが妥協するのではなく、お互いが活きる方法を探すのがこれからの時代に必要な考え方になります。

ぜひ日本人の「和の精神」を思い出し、寛容さを身に付けていっていただきたいなと思います。

それでは最後まで読んでいただいてありがとうございました。

弥栄ましませ。

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