自己肯定感は低い方がいい!?失敗談に学ぶ自己肯定感との向き合い方

はくと
「自己肯定感」って最近よく聞くよね
こはく
自分を褒めてあげようってことじゃない?
はくと
でも、なんだか自分を甘やかしている気もするんだけど?
こはく
うーん、どうなんだろう?

 

 

『自己肯定感』

最近、あちこちで聞かれるようになったワードですよね。

 

すごく雑駁(ざっぱく)な表現をすると、

「自分を認めてあげましょう!」

って意味の言葉。

 

ですが、最近この言葉が独り歩きしすぎて、

「なんちゃって自己肯定感」

を持っている人も少なくないばかりか、それによって自己成長が阻害されたり、周りと軋轢を生んだりしているケースも発生しています。

 

「自分はできる人間なんだ!」って思いが強すぎるのも、端から見てるとなんだか痛々しいものですよね。

 

何を隠そう…

 

そんな、一見して「痛い人」だったのがこの私、安田かずきでした。

 

そんな「痛い人」だった私が語る、自己肯定感が高すぎる人の特徴と、そことどう向き合い乗り越えてきたのか?そんな話をこれからご紹介していきます。ぜひ最後までご覧になってみてくださいね。

 

この記事をご覧いただくメリット

・正しい自己肯定感の持ち方を理解できる

・仕事や家庭での人間関係が円滑になる

・なんちゃって自己肯定感の正体が分かる

・ポンコツ体験記で自信を深めることができるw

 

この記事を書いた人

自分に自信がなかった幼少期

それは、私がまだ小学5年生の頃。

 

私はとくに勉強ができるわけでもなく、運動もそこそこしかできず、かと言って話が上手いわけでもなく…

どちらかと言えば、引っ込み思案でモジモジしてしまうタイプの少年でした。

 

そのくせ、他人から上から目線で指図されたりするのは本当に嫌いで、先生だろうがクラスのボスみたいな子だろうが、敬意のない言葉には敏感に拒否反応を示していました。(今でもあまり好きじゃありませんw)

 

周囲からみると、迎合(げいごう)しないかなり生意気なやつだったと思います。

そんな私が、唯一人から褒められてたのが、趣味で書いていたお絵かき。

休み時間ともなると、「じゆうちょう」に漫画をずっと書き連ねていました。

大勢で群れたりするのもニガテだったんです(^^;

 

しかし、そのおかげもあってか、絵画コンクールではいつも入賞。

 

ある時、地元新聞2紙から最優秀賞として掲載されることに!

 

ほどなくして表彰状と盾・景品が届き、

「安田かずき君!」

そう校長先生に呼ばれて壇上に上がり、全校生徒の前で照れながら受け取ったことを今でも覚えています。

 

しかしこの経験が、私の自信のなさを隠す「なんちゃって自己肯定感」を育む起爆剤となったのです。

歪んだ自己肯定感

こうして一躍「絵が上手い人」になった私。

 

それまで自分には特技と言えるものもなかったのが、

「俺ってすごいかも!」

「実は才能があるのかもしれない!」

そんな勘違いをするようになり、次第に自分のことを「天才」だと思うようになりました。

 

その頃から、僕のじゆうちょうには

「天才」

の2文字が至るところで登場します。

 

そして私の中には、「天才」という別の自己像が出来上がります。

これまでの自信がなくてビクビクしていた自分じゃない、自信満々で誰にもこびない自分。

 

口癖はもちろん

「天才!」

 

勉強の成績が悪くたって、「俺は天才だからやればできる!」

 

そうやって、できない自分を守る隠れ蓑のように、天才であることをとにかく自分に言い聞かせていました。

なにせ、中学校の卒業アルバムの写真にも、剣道着の袴姿で「天才」で写っているぐらいですから(笑)

 

この「天才」グセ、ちなみにいつまで続いたかと言うと、私が30過ぎになるまでずっと口に出し続けてきました。
(痛すぎますw)

 

もちろん、大人になって多少の社交性が付いたのもあり、元は根が引っ込み思案なので周囲に公言することはなかったんですが、近しい関係になった人には、

「セルフイメージを高めるために天才だと言い続ける!」

と言っていました。

 

別れた元嫁も、私があまりにも天才を連呼するので、それにはいつもあきれ返っていましたね(^^;

 

結果が出れば自分の天才性のおかげ。

結果が出なければ、いつも環境の悪さを恨んだり、人の成功をラッキーだと妬んだりしていました。

相当痛いやつだったんです。

まぁ、滅茶苦茶贔屓目(ひいきめ)に見れば「自己肯定感を先取りしていた」と言えなくも、、、いや、ないない(笑)

 

高すぎる自己肯定感と現実のギャップ

そんな「なんちゃって自己肯定感」を手に入れた私ですが、この半端で歪んだ自己肯定感のおかげで、悲惨な学生生活を送ることになります。

 

中学校を卒業した私は、地元のちょっとだけ偏差値が高い進学校へ進学します。

地元の中学校ではまぁまぁ勉強もできたし、特に美術部にいるわけでもなかったけど絵もそこそこ描けたし、剣道部では初心者から副主将になれたしで、まぁ鼻高々で進学したわけですが、世界は広い。

私が持っていた自信は、あっという間に打ち砕かれます。

模試では文系科目だけはかろうじて及第点だったものの、理数系は下から数えたほうが早いレベル。

その上、絵を披露する機会もなければ、素人絵しか描けない私と比べて水彩画を描きこなす生徒もいて、大した努力もしてこなかった私が、画力で適うなんておこがましいレベルでした。

もはや、自分の拠り所とする自信は、ここで砕け散ったのです。

歪んだ自己肯定感

しかし、「天才」を拠り所にしてきた私にとって、それを自ら否定するわけにはいきませんでした。

それは自らのアイデンティティを否定することになるからです。

 

ですから、私は自分にこう言い聞かせるようになったんです。

「俺はまだ本気を出してないだけ!」

そして、次第にそんな弱い自分を隠すかのように、私の高校生活は孤独を極めていきます。

 

中学時代は剣道部だったものの、高校からはド素人なのにバスケ部に入部。

弟が中学では名の通ったバスケ選手だったので、兄である自分もそれなりにやれるだろうと高を括っていたのです。

入部理由は単純。

「バスケできる方がカッコイイ」

これも、今思えば自分の虚栄に満ちた自己肯定感を、必死に肯定しようとしていたのだと思います。

 

しかし、中学がバスケを真剣にやってきた同級生たちと比べると、その技術差・体力差は如何ともしがたいものでした。

その上、私は一匹狼風を装っており、誰にも迎合(げいごう)せず、誰とも親しくなろうとはしませんでした。

 

「弱い自分」を認められないから、

「教えて」
「一緒にやろう」

その一言が誰にも言えなかったのです。

 

昼食ともなると、一人学校の屋上に忍び込み、お昼時で繰り広げられる生徒たちのバカ騒ぎをよそに、一人孤独感を噛みしめながら冷たい弁当を食べていました。

 

そのうち、僕は学校内でも、部活内でも浮いた存在になっていきます。

バスケ部では体力が続かず、コーチに言われたこともカッタルイふりして中途半端。

 

無断欠勤が続いたことを咎められ、

「お前なんかやめてしまえ!」

そんな売り言葉に買い言葉で答えてしまい、勢いで退部してしまいます。

 

授業に関しても、進学校なので数多くの宿題が出ているにも関わらず、私一人だけやってこない始末。

まだ暴力的指導が許されていた時代でしたので、先生にぶん殴られて糾弾されますが、私は命令されたりするのが大嫌いだったので、カバンを投げつけて教室を飛び出し、そのままフラフラと帰宅。

とまぁ、入学当初はそんな感じでした。

 

しかし、そんな人に迎合(げいごう)しない自分、同級生とは違う自分に、新たな自己肯定感を見出していました。

どんどん自己肯定感は歪んでいったのです。

 

それは冒頭で述べたよう、社会人になってもなかなかぬぐい切れませんでした。

その歪んだ自己肯定感が、暗示によって力を目覚めさせたことはあったのですが、それも長くは続きません。
(当時の様子は下記よりご覧ください)

売れない営業マンが、売れる営業マンに変わるたった一つの方法

 

少し成果を出せば慢心し、すぐ自分に酔っていました。

一時的な成果を、自分の実力だと過信していたのです。

本当は、周りの人のおかげや、会社という看板があるから成しえた結果だったにも関わらず、、、。

自己肯定感を捨てたら楽になれた

そんな私に転機が訪れたのは、生命保険の仕事で事業所得者になったことがキッカケでした。

最初こそ、そこそこの成績で生活ができていたものの、生命保険は形もなければ顕在的な需要もない商品。

あっという間に収入はどん底にまで落ち込んできました。

その上、当時は離婚や自宅の売却も重なり、ネオン街で浴びるように酒を飲んでは自分を痛めて付けており、わずかに抱いていた自己肯定感はポッキリ折れてしまったのです。

 

救いようのない自分から、心底逃げたい気分でした。

何物でもない自分を、何者かに変えたい衝動。

自己否定の毎日。

 

来る日も来る日も、自己啓発本を読み、『引き寄せの法則』スクールに入って1年間しっかり学ぶだけに飽き足らず、高額情報商材を購入して一攫千金を狙ったり、失った自己肯定感を探し求めていました。

そんな折、私は『オンラインサロンIYASAKA』発起人である、西野ゆきひろ氏の存在を知ることになります。

当時はまだオンラインサロンは発足しておらず、西野氏がご紹介していた教材を購入し、ひたすら音声を聞いてはノートに書き写していました。

すると、次第に私はある大切なことに気付くことができたのです。

自己否定感も受け入れる

それまでの私は、小さな成功を頼りに自分を過大に大きな存在として認識することで、自分という存在を現実世界に留めていました。

しかし、社会に出てボロボロに打ち砕かれ、再起したかと思った矢先に、再起不能なほどに叩きのめされ、初めて気付いたんです。

 

「できない自分も自分なんだ」って。

 

「ムリにポジティブシンキングで押し込める必要はないんだ」って。

 

まずは、現在地を正確に理解しなければならない。
それは、認めたくない自分の弱さを受け入れることでした。

怒りや嫉妬心が薄らいできた

それまでの私は、人に怒るようなことはなかったものの、自分を否定されると、論破せんとする勢いで自己主張し、口に出さないだけで相手に怒りを抱いていました。

そして、誰かの成功が、疎ましくて妬ましくて堪りませんでした。

「俺の方がやれるのに!何であいつだけ!」

 

しかし、西野氏から教わった

「ムッとしたらハッ!」

というマインドセットのおかげで、歪んだ自己肯定感の芽が出て現実とのギャップを直視できない存在、そんな自分を客観視できる習慣が身に付きました。

自分の今いる立ち位置を、冷静に見つめることができるようになったのです。

自分の至らない点を謙虚に受け止められるようになった私は、以前にも増してイライラすることがなくなりました。

正しい「自己肯定感」とは!?

もちろん、私も人間なので、感情がまったく揺れ動かないわけではありません。

時に調子に乗りそうなときもあれば、時にイラっとする感情が芽生えるときもあります。

しかし、できている時の自分もできていない時の自分も、すべてが成長の糧だと受け止められるようになり、むしろ自己否定したくなるような出来事や感情を見つけたら、

「そこに伸びしろがある!」

とさえ思えるようになったのです。

 

自己否定もひっくるめて自己肯定感

つまり、本当に大切なのは自己肯定感ではなく、『自己受容感』こそが大切だったのです。

イイも悪いもひっくるめて、フラットに現在地を認識できるから向上心が生まれ、より感謝できる対象が広がってきたと感じています。

肯定し過ぎず、否定し過ぎない。ありのままを受容して現在地を知る。
それが本来の「自己肯定感」ではないかと思います。

この記事をお読みのあなたが、もし自己肯定感があがらないとお悩みなのでしたら、ぜひ「自己否定感」にも目を向けてあげてください。

きっと、あなたのセルフイメージが大きく変わってくることでしょう。

 

 


 

 

とは言え、私が数十年苦しんできたように、自分をありのまま受け入れることは容易ではありません。

そこには、あなたが変わるのを拒む、目に見えない強力な反発力が働いているからに他ならないのですが…

 

ですので、もしあなたが自己受容に自信が持てないようでしたら、今だけ無料公開中の

「セルフチェンジの教科書~思い通りのわたしになる3ステップ~」

を下記リンクから手に入れてみてください。

 

このレポートでは、私が人生を変えるきっかけになった西野氏の教えを、これでもかってほど惜しげもなく披露しています。

私が真っ暗闇だったどん底から救われたように、きっとあなたの人生にも明るく光り輝くきっかけを与えてくれるはずです。

数量限定の無料公開ですので、ご興味のある方だけご覧になってみてくださいね。

 

それでは、最後までご覧いただきありがとうございました。

ご覧いただいたあなたの心と魂が、明るく軽く温かく元気になりますように。

※期間限定公開中!詳しい内容は以下の画像をクリック‼

みんなで光を広げよう!

ABOUTこの記事をかいた人

『笑顔生活アドバイザー』 『心とお金の不安を軽くする専門家』 経歴11年のファイナンシャルプランナーとしての顔も持つ、毎日を笑顔に変える道先案内人。 出生の悩みやコミュ障だった社会人スタート、2度の離婚、マイホームの売却、酒と異性に身を滅ぼしかけたこと、ノウハウコレクターとなって借金に苦しんだことなど、自身の壮絶な経験から得られた「人間力」「営業力」「笑顔力」向上につながるお話をシェアさせていただきます。 「今がツラくても人生変えられる」をテーマに、Youtubeで『幸せ笑顔チャンネル』、ツイッターで「人生を変える笑顔思考」を配信中。 YouTube:幸せの笑顔チャンネル Twitter:かずき@ツラさを笑顔に変える道先案内人