宗教とは何なのか?日本人の多くがどうして「無宗教」なのかを徹底考察!

こんにち和!

あなたは「宗教」と聞いてどんなイメージを持ちますか?

日本人は世界的にみても珍しく「自分は無宗教だ」という人が多いです。

海外の人からしたら、なぜ日本人は宗教を信じていないか疑問に感じる人も多いようです。

でも自然に神社に初詣に行くし、お寺にもお参りに行きます。

クリスマスやハロウィンも意識しますし、ウェディングドレスを着て教会で結婚式をあげることは若い女性の憧れになっています。

無宗教でも宗教的な儀式には参加したりします。

こういうことも、外国人からしたら不思議に思うようです。

今回は日本人にとっては分かっているようでよく分らない、「宗教」について考えてみたいと思います。

この記事を書いた人

宗教とは何なのか?

まずそもそも「宗教」とは何なのか、辞書で調べてみますと

宗教
神仏などを信じて安らぎを得ようとする心のはたらき。また、神仏の教え。
出典:大辞林 第三版

とあります。

人間は常に心の平安を求めていますが、それを神様や仏さまの教えによって得ようというのが宗教といえます。

心の平安というものは、自分の内面の意識によってしか満たせません。

いくらお金があっても物に溢れていても、外側のものでは心は満たせないのです。

宗教というものは「外側のお金や物や他人からの称賛では、心の内側にある欲求は満たせないですよ」ということを、神様や仏さまの教えを通して伝えてくれているものなのです。

宗教がどうして必要だったのか?

人間というものは現実世界に生きています。

綺麗事を抜きにして、実際に生きていくためには目の前の現実を直視する必要があります。

生き残るためには嫌なことや辛いことに向き合って乗り越えていかなければならないのです。

しかし生きていくためとはいえ、辛いばかりでは精神的に参ってしまいます。

現実を直視し続けるということは、ネガティブなことにも対峙し続けなければいけないからです。

ネガティブを見つめ続けることは人間が成長していくうえで必要ではあるのですが、同時にポジティブな気持ちも持たなければ人間は精神的に破たんしてしまいます。

そこで程よくバランスを保ってポジティブになるために、宗教の教えなどが必要になってくるのです。

宗教の教えによって心の平安を保つことで、ネガティブな現実世界と向き合うことが可能だったのです。

ですので宗教は人間が現実世界を生きていくうえで、非常に重要なものなのだと言えます。

宗教とスピリチュアルの違いとは?

宗教は現実世界を生きていくうえで重要なものだとお伝えしましたが、ではなぜ日本人の多くが無宗教でいられるのでしょう?

それは日本人はもともとスピリチュアルな民族だからです。

宗教とスピリチュアルの違いについて説明していきます。

宗教もスピリチュアルも、どちらも人間が幸せになるための方法を教えてくれているものではあるのですが、大きな違いが1つあります。

それは「絶対的な教えがあるかないか」です。

宗教には「戒律」というものがあります。

仏教であれば「生き物を殺してはダメ」だとか「お酒を飲んではダメ」といった戒律があります。(宗派によっては許されているところもあるようですが)

キリスト教も「日曜日は必ず教会に行きなさい」とありますし、イスラム教も「豚を食べてはいけない」という絶対的な教えがあります。

しかしスピリチュアルにはそういった戒律はありません。

あるのは自然の理(ことわり)、宇宙のルールといったものです。

ここ数年話題の「引き寄せの法則」なんていうものも、「良い心持ちで居たら、良いことが引き寄せられます」と言っているだけで、「良いことをしなさい」と強制しているわけではないですよね。(もし強制してるとしたら、それは宗教になります)

日本人はもともと昔から、こういったスピリチュアルな教えが生活に根付いていました。

日本に古くからある神道は神様などの概念は説明していますが、絶対的な教えは存在していません。

その証拠に神社では特に厳格なルールはありません。(作法はありますが)

そういった意味で、神道は宗教ではなくスピリチュアルだと言えます。

ですので昨今のスピリチュアルブームというものは、もともと日本人が持っていた精神性にマッチしたものだと言えます。(ちなみに仏教というものは、昔は宗教ではなく「人間が幸せに生きるための学問」という位置づけだったようです。)

日本人が宗教に持つ悪いイメージ

現代の日本人は宗教と聞くと、「洗脳」だとか「恐い」というイメージを持つ人が多くいます。

これは強引な宗教の勧誘が横行したり、歴史上たびたび起きている宗教戦争などから嫌悪感を持つ人が多いからと考えられます。

しかしそれは本当ならば宗教が悪いのではなく、宗教を悪用した一部の人達が悪いのです。

先に述べました通り、本来宗教は「人が幸せに生きるための考え方」を説くものです。

自分が何を幸せに感じるかは自分にしか分かりませんし、価値観は人それぞれです。

自分がこの宗教で幸せに感じられるようになったからといって、他人も同じように幸せになれるかというと別の話です。

その人その人によって幸せの形は違うからです。

そこを無視して、自分だけの正義の価値観を振りかざして争いを起こすことなど、そもそも本末転倒です。

そういった人は、本当の意味での信仰心は持ち合わせていないのです。

残念ながらそこを勘違いしている人がいるため、日本における宗教のイメージは悪いのだと言えます。

自分の頭で考えること

どうしても人間の脳は楽をしようとします。

自分の頭で考えることはかなりエネルギーを消費するので、できるだけ自分で考えることを減らしたいのです。

しかし自分で考えることを止めてしまうと、人間は一気に不幸の道に落ちてしまいます。

なぜなら自分で考えることを放棄して教えられるがままに言うことを聞いてしまうと、それは「洗脳」になってしまうからです。

洗脳とは相手が悪意を持ってかけてくる場合だけでなく、自ら進んで洗脳されるケースもあります。

狂信的な信者が洗脳されているというのは、自分で考えることをせずに全て教祖の言いなりで行動してしまっているから起きることなのです。

自分にとって大切なことは何なのか、これは他人に教えてもらうものではなく自分で見つけていくものです。

それを忘れてしまうと、自分の大切な人生を他人に預けてしまうことになってしまいます。

これは宗教に限らずなのですが、ぜひ覚えておいていただきたいと思います。

宗教について:まとめ

今回の記事はいかがでしたでしょうか?

本文中にも説明しましたが、本来宗教やスピリチュアルというものは「人間が幸せに生きるための考え方」を教えてくれるものです。

決して危険だとか怪しいものではないのです。

あなたも自分を満たしたい、心の平安を保ちたいというのであれば、今回の記事を参考にして宗教やスピリチュアルについて考えてみてはいかがでしょう?

それでは最後まで読んでいただきありがとうございました。

弥栄ましませ。

みんなで光を広げよう!

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