幸せとは何か?アップル創業者の言葉から考えたい3つのこと。

みなさまこんにち和!はしもとです。

当サイトでもたびたび「幸せとは何か?」というテーマのお話をしていますが、今回の私の話もそれについて。

先日、ある記事を読みまして、ココロにグッと来るものがあったので紹介したいと思います。

 

あなたは「幸せとは何か?」という問いに対して、明確な答えを持っていますか?

こう聞かれて、「ギクッ!うまく答えられない・・」と思われたでしょうか?

そうだとしても心配いりません。

なぜなら、大昔から数々の哲学者たちがそれぞれの「幸せの定義」をしてきたにも関わらず、人類は未だにその答えを模索し続けているからです。

ソクラテス、ニーチェ、孔子、老子、ベンサム・・・
それはもう、いろんな人がいろんな幸せを説いていますね。

心の底から、「幸せとはこうだ!」と自信を持って答えられる人は少ないでしょう。

 

強いて言うならば、幸せとは 人それぞれ違う ということかもしれません。

かくいう私も、私にとっての幸せとは何か?って、まだよくわかっていないのです。

 

ということで、この記事を読んだら幸せとは何かわかる!とかそういうものではありませんが、

あなたの幸せとは何か?この記事を通して その答えのヒントになればうれしいと思っております。

 

スティーブ・ウォズニアックの発言

スティーブ・ウォズニアック氏とは、あのスティーブ・ジョブズと共にアップルを創業した偉大な男です。

ジョブズは主に経営を、ウォズニアックは技術者として活躍しました。

アップル躍進のきっかけにもなった、AppleⅡをほぼ独力で開発したという超人的な業績があり、アップルはウォズニアックなくしてあり得なかったと言えます。
(私たちが使うiphoneも彼がいなくては存在してないということになりますな)

PERSOL

 

そんな偉大な男がインタビューで語った内容を、みんなの仮想通貨 さんが紹介していたものです。

話の流れは、ざっくり以下の通りです。

  • ウォズニアック氏はビットコインが700ドルの頃に初めて購入した
  • 購入の目的は「ビットコインのみを使って旅行することを試す」というもの
  • その後ビットコインが2万ドルを付けた際に全て売却

全て売却した理由を聴かれて、ウォズ氏はこう答えた。(以下引用)

「ビットコインが急騰した際、私はそれを見続け、その数字を気にする人にはなりたくないと発言した。私は人生において、そういった類の心配をしたくはない(…)悩みを持たないことが私の幸せの1つなので、それを全て売却し、処分した

引用元:みんなの仮想通貨

 

こういう話です。

要するにどういうことかというと、まだまだ儲けが出る可能性が高いにも関わらず、ビットコインを全部売ってしまった。
なぜなら、人生において余計な心配をしたくないから。

価格の変動が心配事になるくらいだったら、そんなものは彼の人生において不要 だということです。

すなわち、彼にとって本当に大切なこと以外に、エネルギーは使わないという意志の現れです。

 

彼は他にも、

  • ただ、楽しむ秘訣を見つけて、この先ずっと良い人でいたい。幸せに生きて死にたい
  • ただ大好きだから、やりたいからやる
  • 幸運の法則のなかで一番かもしれないのは「悲しむな」
  • あなたが説得しなければいけないのはただひとり。それはあなた自身

こんな名言を残しており、一貫して 好きな事をやる という生き方を体現しています。

 

こんなウォズニアック氏の生き方から、私たちは何を学ぶことができるでしょうか?

 

ウォズニアック氏の発言から考えたい3つのこと

紹介したウォズニアック氏の言葉から、私なりにかみ砕いて「幸せとは何か?」ということを改めて考えてみたいと思います。

 

何かに不安を持っている状態は幸せじゃない

あなたは今、何か不安に思っていることはあるでしょうか?

私は、今 完全に不安がゼロになったか?と言われたら自信がありませんが、会社員のころに比べるとだいぶ解消されてきました。

というか、別に不安を無くしていったのではなく、考え方が変わってきただけです。

以前はいろんなことが不安、むしろ不安があるために生きているようなもんでした。

  • これだけの給料じゃあ将来が不安だ
  • 店のシフトに欠員が出ないか、いつも不安
  • 店でクレームが出ないか、いつも不安
  • 追い付いていない業務で怒られないか不安
  • 彼女に浮気されないか不安
  • アルバイトの人から嫌われないか不安
  • 全く使わない資料も必要になるかもしれないと不安で捨てられない

このように、何から何まで、不安の中に生きている状態でした。

だから、行動の全ては不安を緩和するためのものになっていました。

  • お金が不安だから仕事する
  • お金が不安だから、ギャンブルとかバイナリーオプションとかやってみたりする
  • 人から嫌われないか不安だから、いい人を演じる
  • 怒られないか不安だから、やっつけ仕事、もしくは仕事したフリをする

などなど。

で、不思議なことにこれらの不安ってことごとく現実になるんですよね。(これが引き寄せの法則だ!)

 

ウォズニアック氏の生き方を見ていると、こういった不安は徹底的に遠ざけるようにしているなと感じます。

ビットコインをあっさり手放したのも、それにのめり込んだら不安の素になるということを分かっていたからなのですね。

 

もし、今あなたがやっている事が、「不安からくるもの」だとしたら、おそらく一生そのループからは逃れられません。

不安というのは、一度解消してもまた新たな不安として湧いてくるからです。

例えば、お金を稼いでも稼いでも、不安な人はずっと不安なままです。

それはその人にとって、大切なことではないからです。

 

不安から突き動かされて行動していたら、簡単なことではないかもしれませんが、それを手放してしまった方がいいです。

いい意味で諦めるというか。
お金とか人間関係とか、なるようにしかならん。そう思って、私はずいぶんラクになりました。

 

損得で選択していないか?

私も含め、全ての人は毎瞬、毎瞬 選択の連続の中で生きています。

これを今買うか買わないか、今これをやるかやらないか、今何を食べるのか食べないのか、掃除するのかしないのか、起きるのか起きないのか。。。

数えたらキリがないです。

でも、それを選択する基準って何でしょう?

そうしたほうが得だから?そうするのが好きだから?そうするのが正しいと教わったから?
それとも、そうするべきだと感じるから?

 

ウォズ氏はビットコインは売る という選択をしました。

これは、彼の目的は「儲けること」ではなかったからです。

彼が選択する基準は、「楽しいかそうでないか?」「本当にやりたいことか、そうでないか?」これだけです。

ビットコインの件で彼がやりたかったのは、「ビットコインだけで旅行したらどうなるかの実験」ただこれだけだったのです。
決して儲けることではありませんでした。

 

私たちは知らず知らずのうちに、「こうしたほうが得だから」という基準で生きてきてしまったかもしれません。

それが結果的に、損をしたらストレス になってしまったんではないでしょうか?

だから、これをしたら損かな?得かな?という不安が、常に付きまとうようになってしまったんではないかと。
常に、損をしないように生きなければならないというふうに。

これが身に付いてしまうと、なかなか自分が本当にしたいこと という重要な部分が見えなくなってしまうのです。

大事なのは、”得をしたら幸せ” ではないということです。
それだと、一生 得することを追い続けなければなりませんから。

今一度、あなたがなぜそれをするのか? 考えてみてはいかがでしょうか?

 

”やらなければならない”という思い込みで、人生の時間を埋めていないか?

人生は短いです。私も何歳まで生きられるか分かりませんが、少なくとも3分の1は終わってます。

今、”やらなければならない”と思っていることは、本当にやらなければならない事でしょうか?

  • 貯金しなさいと言われたからしている
  • ぶっちゃけめんどくさい付き合いを続けている
  • 正直、誰でもできるようなルーティンワークをてきとうにこなすだけ
  • やりがいのない仕事だけど、お金のために続けなければならない
  • 親とか知り合いから、資格を取れと言われたから取ろうとしている
  • 早く結婚しろと言われた
  • お金はなるべく使わないようにしなければならない
  • 大人は嫌なことも我慢してやらなきゃいけない

 

いや分かりますよ。仕事は大事ですし、一概にこれがムダです なんて言うつもりはありません。

でも、これって一体なんのために生きてるんでしょうか?

一生ガマンし続けろとでも言うんでしょうか?

いつ、そのガマンが報われるんですか?

果たして、ああしろこうしろと言われたことを達成して、幸せになれるんでしょうか?

老後のための貯蓄?てことは老いるために生きるんですか?

 

正直、こういうことをあまり考えないで生きてきてしまった私の、20代というあまりにも貴重な時間は、ほとんどがこういった”やらなければならないと思い込んでいること”で埋めつくしてしまいました。

もちろん、その全ての経験が今の私にとって必要なことだったので、ムダではありませんが。

 

生きていれば責任というものはついて回ります。

だから、その責任を全うするための人生というのも一つの形でしょう。それはそれで、誇りを持っていいのかもしれません。

でも、一つ考えたいのは、その「責任」って、もともとあったものでしょうか?
生れた時からあった責任?

もしかしたら、「こう生きなきゃいけない」と言われてきた中で、人から押し付けられた責任ではありませんか?

ウォズ氏の言葉を借りれば、

「あなたが説得しなければいけないのはただひとり。それはあなた自身」

つまり、あなたの責任は あなた自身にしかない ということではないですか?

 

私たちが果たさなければいけない責任は、本来 自分を納得させる責任だけなのかもしれません。。。

 

まとめ

さて、今回のテーマは「幸せとは何か?」ということでした。

この記事で、明確に「こういうことが幸せです」とは言ってません。

なぜなら、本当の幸せとは人それぞれで、答えは無いと考えるからです。

もし仮に、私が「幸せとは、こうこうこのように生きることです」と私が定義したとして、あなたがその通りに生きても幸せとは限らないからです。

それすらも、おそらく他人の価値観で生きる ということになってしまいます。

 

なので無責任ではありますが、「幸せとは何か?」その答えはあなた自身で見つけなければならないと思います。

ただ、今日提起した3つのことは、考えておくべきことではないかと思うわけです。

  • 少なくとも、不安を感じている状態は幸せではない
  • 損得の基準で選択をしていないか?
  • やらなければならないと思っていることは、本当にやらなければならないのか?

 

幸せとは何か?ということについては、過去時事でもたびたび話題にしているのでこちらも読んで下さい。
▼▼▼▼
「本当の幸せ」とは何か?〜モルディブの「大自然」と、もう一つの大切なこと〜

幸せとは何ですか?幸せを感じるために乗り越えなければならない大きな矛盾とは?

 

あなた自身の幸せを見つけるために、ちょっとでもヒントになればうれしく思います。

ということで、今回はこの辺で。

IYASAKA! 橋本なおひろ

 

みんなで光を広げよう!

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